碧南市藤井達吉現代美術館企画展

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飾り碧南の医人展 -医聖徳本・近藤坦平一族を中心に-

へきなんのいじんてん
展覧会名

碧南の医人展 

-医聖徳本・近藤坦平一族を中心に-

会期

平成29(2017)年1月21日(土)から

平成29(2017)年3月5日(日)まで

観覧時間

10:00-18:00 

休館日

月曜日(ただし2月9日(月・祝)は開館)

観覧料

一般400円(320円)

高大生200円(160円)

小中生100円(80円)

( )内は20名以上の団体料金

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図録

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 本展では、碧南ゆかりの医人にまつわる資料を展示します。

 一人目は、戦国から江戸前期の医家・永田徳本(姓は長田とも、1513?-1630?)です。出身は三河大浜といわれ(異説あり)、碧南ゆかりの医聖です。伝記、所説とも不確かな部分が多いですが、諸国を牛の背に乗って周遊し一服十八文と定めて、世医に範を示し、将軍徳川秀忠の病気を治した時も十八文しか受け取らなかったといいます。比較的甲斐にとどまることが多く甲斐の徳本とも呼ばれます。
二人目は、明治から大正時代の医師で地域医療に生涯を捧げた近藤坦平(1844-1929)です。三河国碧海郡鷲塚村(現碧南市)に生まれた坦平は、江戸で松本良順、長崎でボードウィン、マンスフェルトに学びました。1868(明治元)年郷里に帰り、1872(明治5)年に診療所洋々堂(のち洋々医館)を開設すると同時に、東海地方最初の西洋式医学校蜜蜂義塾を創設しました。
なお坦平の娘婿・近藤次繁は、坦平の援助でドイツ等に留学し、洋々医館を経て東京大学教授として活躍しました。次繁は野口英世の指を再手術した人物でもあります。また坦平の弟・近藤良薫は、慶応義塾に入社の後横浜で開業し、福澤諭吉のホームドクターを務め、また日本初の歯科医・小幡英之助を育てました。
以上、医聖徳本、近藤坦平一族を中心に、当地在住の医師などを含め、碧南ゆかりの医人にまつわる資料を展示し、医療に向き合う碧南ゆかりの先人の事績をご紹介致します。

 

 

 

 

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