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市長のC・Sメッセージ

平成22年11月01日 全国に誇れる碧南市の事物

 市民の皆様、長い夏が終わったと思ったら、いきなり寒い日もあります。体調管理をしっかり行い、充実した日々をお過ごし下さい。
 10月17日(日)は、第11回大浜てらまちウォーキングが開催されました。当日は天候にも恵まれ、2万9千人の参加者でありました。この参加者は昨年と同数でありましたが、藤井達吉現代美術館が開館していることもあり、毎年盛り上がっている感じがします。このイベントも元気ッス!へきなんと同様、市民の皆様主体の組織(大浜地区歩いて暮らせるまちづくり推進委員会)の企画運営であります。100名ほどの市職員がボランティア参加をしてイベントのお手伝いをさせていただきました。今年は、てらまち賑わい部会を新設され、軽トラマーケット、てらまちウォーキングルメ、てらまち看板娘をさがせ、てらまち「ゆるキャラ」投票の4つのイベントが新たに行われました。
 室町時代から隆盛を誇っていた大浜港界隈の賑わいを取り戻し、愛知県や日本、世界じゅうから、多くの人がやってくることを夢としたいと考えます。

 そんなこともあり、今回のC・Sメッセージは、「全国に誇れる碧南市の事物」について、私がこれまで研究してきたことを以下に中間発表をします。
 市民の皆様におかれましても、「こんなこともある。」ということがあれば、是非、連絡ください。みんなで、碧南市を全国発信し、碧南市を全国的に良い意味での知名度を上げてまいりましょう。

【歴史関係】
○市内で縄文前期の土器が多く発見されており、約5千年前から人が生活していた。
○15世紀初期、大浜は港として栄え、全国で太平洋岸には8ヶ所しかなかった問丸(年貢運送管理や中継ぎ取引に従事した業者)の一つがあった。
○碧南市鷲塚で生まれたとされる水野勝成(みずのかつなり、1564年〜1651年)は、福山藩(10万石、広島県福山市)の初代藩主となった。
○清沢満之(きよざわまんし、1863年〜1903年)は、39歳で西方寺(婿に入って住職を務めた)で死去。親鸞の開いた浄土真宗本願寺、東京大学で哲学を学ぶ、明治25(1892)年に日本最初の哲学書「宗教哲学骸骨」を出版。宗門改革運動を進め、仏教界のルターとも言われている。大谷大学初代学長。39歳没。
○伊藤証信(1876年〜1963年)、明治9年生まれ、京都の真宗中学校から真宗大学(現大谷大学)に進み、清沢満之(宗教哲学者。明治21年碧南市の西方寺に入る。)に学ぶ。明治37年、28歳の時に霊感に打たれ「無我の愛」を悟る。29歳の時、東京で1年間「無我苑」を開設。その後、大正10年45歳の時、東京中野で「無我苑」を再開、昭和9年西端に全国からの浄財の寄贈により、木造2階建の「無我苑」 が竣工し、居室と集会もできる研修道場となる。戦中、満州に渡り無我愛を伝導し、戦争協力、天皇制賛美の言動が災いし、戦後批判を受ける。晩年は「世界連邦建設」 を目指して活躍。昭和38年証信満87歳で死亡。
○蓮如(1415年〜1499年、浄土真宗中興の祖、本願寺第八世)が、西端にある応仁寺を拠点として、西三河地方に浄土真宗(鎌倉初期、法然の弟子の親鸞が創始した浄土教の一派)を布教した。
○徳川家康(1542年〜1616年)より9代前の有親(ありちか)は8代前で松平家の始祖となった親氏(ちかうじ、1298年〜1361年?)とともに関東より、時宗の旅僧として碧南市大浜にある称名寺に滞在し、有親は45歳で称名寺で没した。称名寺での滞在がなければ、徳川の歴史はなかったかもしれない。家康の3代前の信忠(1490年〜1531年)も称名寺で没している。家康の父である広忠(1526年〜1549年)は、称名寺にて、家康の幼名竹千代を名づけている。
○大正5(1916)年、日本で最初の毛織機を製造したのは、平岩種治郎(平岩鉄工創業者)であった。
○明治33(1900)年版の「愛知県独案内」という書籍には、当時「碧海郡で5000人以上の人口を持つ町は、大浜町(人口5900)、新川町(人口6400)、棚尾村(人口5000余)の3か所」と書かれている。当時は、刈谷、安城、知立よりも人口が多かった。

【農業・水産業・工業・商業等産業関係】
○昭和53(1978)年より稼動の全国(愛知県)に12あるトヨタ直営の工場の一つがある。従業員数3千5百人から4千5百人。中型車種のエンジン廻り(トランスミッション等=動力伝導装置、変速機)を製造している。
○昭和48(1973)年より稼動のステンレス専業メーカーである日本金属工業の本社工場がある。従業員900名、資本金130億円、売上高1,900億円。
○平成3(1991)年より稼動の東洋一の電力供給量を誇る中部電力火力発電所がある。総出力410万キロワット。敷地面積160万平方メートル。愛知県内で使用する電力量の半分にあたる電力を供給している。
○年間入館者100万人を維持し続けるあおいパークがある。2008年度のあおいパークの入館者数は117万人であり、東海3県中15位であった。主な施設の入館者数は、ナガシマリゾート1235万人、中部国際空港セントレア741万人、ナゴヤドーム401万人、ラグーナ蒲郡260万人、東山動植物園220万人、JAあぐりタウン「げんきの郷」202万人、鈴鹿サーキット191万人、名古屋港水族館191万人、志摩スペイン村163万人、蒲郡オレンジパーク110万人、鳥羽水族館103万人
○昭和32(1957)年に重要港湾に指定された衣浦港がある。重要港湾に指定されている港は、2009年1月現在で、126港ある。2006年度における港湾別の取扱貨物量ベスト10は、1位 名古屋港 2億400万t、2位 千葉港 1億6700万t、3位 横浜港 1億3800万t 、4位 水島港(岡山県倉敷市) 1億300万t、5位 川崎港 9100万t、6位 東京港 7500万t、7位 神戸港 6800万t、8位 北九州港 6700万t、9位 木更津港 6500万t 10位 堺泉北港 6300万tである。三河港は、3100万tで22位、衣浦港は、2400万tで29位である。平成22年夏には、今後国の新たな直轄事業を行う対象とされる全国43の重点港湾に指定された。
○三州瓦の産地である。全国シェアの60〜70%
○鋳物の産地である。全国シェアの40%
○平成18年の碧南市の耕地10a(1反)当たりの生産農業所得は、27万円であり、愛知県内では、3番目、1番目は、田原市で41万円、2番目は、蒲郡市で31万円、4番目は、東海市で21万円である。全国的にも、碧南市より高い市は、沖縄市58万円、沖縄県豊見城市42万円、神奈川県三浦市39万円、沖縄県那覇市36万円、千葉県鎌ケ谷市36万円、千葉県市川市33万円、千葉県銚子市32万円、山梨県笛吹市30万円、沖縄県宜野湾市30万円、沖縄県浦添市29万円、山梨市29万円、山梨県甲州市28万円、兵庫県尼崎市28万円、兵庫県西宮市28万円、従って、碧南市は、全国で17番目である。(「全国都市年鑑」平成20年度版より)注:生産農業所得とは、農業総産出額から物的経費(減価償却費及び間接税を含む。)を控除し、経常補助金等を加算した農業純生産(付加価値額)である。ちなみに、西三河8市では、西尾市14万円、安城市11万円、岡崎市8万円、高浜市7万円、刈谷市6万円、豊田市5万円、知立市4万円である。農業算出額で、毎年ニンジンとタマネギが県下で第1位、今イチジクが第2位。19年度の農協出荷量は、ニンジン1万883t(愛知県産の70%〜80%)、タマネギ1万421t(愛知県産の40%〜50%)。平成18年の各市町の農業産出額は、豊橋市474億円、半田市76億円、豊川市137億円、碧南市60億円、西尾市110億円、蒲郡市75億円、常滑市46億円、高浜市7億円、田原市724億円、一色町39億円、吉良町70億円、幡豆町10億円、幸田町33億円です。愛知県は全国有数の農業県で、平成18年の農業産出額は3,100億円で、全国5位。全国の平成18年の農業産出額は8兆6,300億円。全国1位産出額の農作物には、野菜ではしそ、ふき、とうがん、果樹ではいちじく、ぎんなん、花きでは菊、バラ、観葉植物(鉢)、洋ラン(鉢)などがある。中でも花きは全国の17.7%を占め、昭和37年以来連続全国第1位。
○碧南市に本社と工場を持つ伊藤忠製糖の砂糖の愛知県内の消費シェアは70%である。
○碧南市の漁業は、県内19年度ベースでコノシロ、アジ、イワシ類が第1位、これらの魚種はいずれも愛知県全体の50%以上の漁獲量。また、サバ、イカナゴ、シラスについても県下第2位、金額ベースで全体で約15億円の水揚げ。碧南市5,086t 県下5位(@南知多町A一色町B田原市C常滑市)
○コンクリートを日本で初めて作り実用化したのは碧南市西山出身の服部長七という人物である。
○人口が7万人であるのにグランドホテルがある。

【スポーツ関係】
○過去20回のうち7回の全国優勝をしている女子軟式野球チーム、愛知アドバンスがある。
○碧南高校と碧南工業高校のヨット部は、全国大会に毎回出場しており、高成績を上げている。

【文化・芸術関係】
○全国的知名度の高い梅原猛先生を無我苑の名誉村長に迎え、毎年記念講演会を開催している。
○哲学たいけん村無我苑は、「心の健康と精神文化の醸成の場」を基本テーマとしているが、全国的にも稀な施設である。建設費用は12億円。
○室内楽専用ホールであるエメラルドホールは東京にあるサントリーホールに匹敵する素晴らしい音響設備を持っている。建設費用は75億円。
○日本文学の代表的作家である永井荷風(1879年〜1959年)と三島由紀夫(1925年〜1970年)は、碧南市大浜で生まれ、その後、日光東照宮の造営奉行として豪華な社殿を完成させ、茨城の古河で7万2千石の大名となった永井直勝(1563年〜1625年)の子孫である。直勝と大河内秀綱の次女の由利姫との間に生まれた永井正直が荷風の12代前の祖先であり、直勝と阿部正勝息女との間に生まれた永井尚政が三島の11代前の祖先にあたるとされる。
○国指定の重要文化財としては、木造阿弥陀如来坐像(海徳寺所蔵、平安後期作品、伊勢の神宮寺の本尊であったもの)、短刀朱銘志津(個人所有、鎌倉末期作品、徳川家康から黒田長政に贈られたもの)、刀無銘来国光(個人所有、鎌倉末期作品、徳川家伝来の一口)がある。
○世界的に著名な作家による彫刻が、市内各所に存在する。
○総合芸術家として全国的知名度のある碧南市出身の藤井達吉には、加納俊治(小原村)、山内一生(小原村)、鈴木八郎(瀬戸市)、栗木ギザオ(瀬戸市)等の高名な弟子がいる。

【施策関係】
○平成元年4月にオープンした明石公園は、毎年100万人回以上の利用がある。40億円を投入。東側敷地2万平米と西側敷地3.1万平米からなっている。
○平成17年度現在の愛知県内一人あたり図書館蔵書数ベスト5は、1、飛島村17冊、2、碧南市7冊、3、田原市5冊、4、刈谷市5冊、5、吉良町5冊(「愛知県市町村手帳」平成21年度版より)

【教育界で活躍した人物】
安藤円秀、明治18(1885)年棚尾生まれ、東北帝国大学教授
小中村清矩 1821年、西端の原田家生まれ、東京大学教授、貴族院議員

【政界で活躍した人物】
磯貝 浩 1864年、大浜生まれ、衆議院議員、貴族院議員
中野四郎 1907年、新川町生まれ、衆議院議員、国土庁長官
端山忠左衛門 1845年、大浜生まれ、衆議院議員
山中信天翁 1822年、平七生まれ、宮城県知事

【その他】
○交通事故人身事故の発生率と犯罪発生率が低い。いずれの単位人口当たりの発生率も、愛知県の発生率の3分の2である。
○有名な笹川良一さんがお母さんをおぶっている像(孝養の像)は、碧南市在住の彫刻家、加藤知彦さんが創作したものであり、全国第1号の像であり、現在も西端の日本モーターボート選手会常設訓練所の中に建っています。
○日本モーターボート選手会常設訓練所では、毎年、ラジコンボートやソーラーボートの全国大会が開催されている。
○ダスキン創業者鈴木清一は1911(明治44)年に碧南市で生まれる。1963年、ダスキン創業。フランチャイズシステムによって画期的な流通組織を確立、おそうじ用具のレンタル事業を全国展開する。1971年、ミスタードーナツ事業の導入をはじめとする多角化によって、わが国初の複合フランチャイズ企業の道を開き、ダスキン企業集団を率いた。1980年、68歳で死去。現在ダスキンの本社は、大阪府吹田市、2008年度の従業員数2,000名、売上高1,600億円、全国チェーン店売上高4,500億円、資本金114億円である。
○油ケ淵水辺公園は、愛知県唯一の天然湖沼であり、平成17年に都市計画決定(碧南市側45ha、安城市側31ha)。内、第1期整備ということで、36ha(碧南市側15ha、安城市側21ha)を平成19年度から10年間での完了を目指して、事業着手している。
○昭和54年から平成2年までの12年間に渡って全国農業協同組合連合会(全農)の会長を務めた石川正平さんがいる。

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